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埼玉大学

研究トピックス一覧

植物が重力方向を感知する仕組みを解明(大学院理工学研究科 豊田正嗣教授 共同研究)

2023/8/11

植物は重力方向を感知して成長方向を調節する性質(重力屈性)により、根を水や栄養分が豊富な地中へ、茎を光合成や生殖に有利な上方へ向かわせます。重力屈性を行う植物の器官には、重力方向に沈降する粒(アミロプラストと呼ばれるデンプンを蓄積して高い比重を持つ細胞内小器官)を含む細胞が観察されます。この粒が沈むことで重力を感知するという「デンプン平衡石仮説」が、100年以上前に提示されました。しかし、アミロプラストの沈降という物理的な現象が、細胞内でどのようにして他の信号に変換され、また伝達されるのかについてはわかっていませんでした。

基礎生物学研究所植物環境応答研究部門の西村岳志助教、四方明格助教、森祥伍技術職員、森田(寺尾)美代教授の研究グループは、埼玉大学大学院理工学研究科の豊田正嗣教授、阿部純明 元大学院生、萩原拓真 大学院生、大阪大学大学院工学研究科の吉川洋史教授、熊本大学大学院先端科学研究部、国際先端科学技術研究機構の檜垣匠教授らと共同で、植物の根が重力方向を感知する仕組みを解明しました。研究グループは特殊な顕微鏡システムを駆使し、アミロプラストが沈んで細胞膜に近づいた時、アミロプラストに存在するLAZY1-LIKE (LZY)タンパク質が細胞膜に移動することで、細胞がアミロプラストの位置情報(即ち重力方向)を感知することを明らかにしました。さらに、重力方向の細胞膜に移動したLZYタンパク質は、オーキシン輸送を促進する因子を呼び込み、根にオーキシンの濃度勾配を生じさせ、重力屈性を引き起こすことを示しました。本研究成果は、植物生理学における長年の謎を解き明かしたとして、国際科学誌「Science」に米国東部時間2023年8月10日付けでオンライン先行掲載されます(日本時間 2023年8月11日午前3時解禁)。


本研究の成果の概要図

研究の背景

植物が重力方向を感知して成長方向を調節する性質(重力屈性)は、ダーウィン親子をはじめとして多くの研究者の興味を引いてきました。植物の主要な環境応答の一つとして高校生物の教科書で取り上げられるほど、その理解が進んでいます。重力屈性を行う器官には重力方向の感知を担う特殊な細胞が存在します。その細胞に含まれるデンプンを高度に蓄積した高い比重を持つ細胞内小器官(アミロプラスト注1)が重力方向に沈降することにより、重力方向が認識されるとする「デンプン平衡石仮説」が広く支持されています(図1A)。そしてアミロプラストの沈降によってもたらされた重力方向の情報を基に、植物の成長に関わるホルモンであるオーキシンの輸送制御が行われます。その結果、重力方向にオーキシンがより多く分布する濃度勾配が器官内に形成され、重力方向側の細胞とその反対側の細胞との間に伸長差が生じることで器官の屈曲に至ります(コロドニー?ウェント説)(図1B)。モデル植物であるシロイヌナズナを用いた分子遺伝学的解析からも、これらの説は概ね支持されています。一方、デンプン平衡石仮説とコロドニー?ウェント説の間をつなぐ仕組み、つまりアミロプラストの沈降という物理的な現象がどのようにして細胞内で他の情報に変換され、オーキシン輸送制御を引き起こすかという、重力方向の感知と引き続く情報伝達の仕組みは不明でした。

重力方向の感知に平衡石を使う機構は多くの生物に見られます。動物では感覚器官において細胞外にミネラルを主成分とする平衡石が形成され、これが外から細胞に力を作用させることで感覚を担う細胞を活性化します。この動物での仕組みからの類推として、植物においてもこれまでアミロプラストが細胞内構造に力を作用させることで重力方向を認識するというメカノセンシング(機械受容)モデルが想定されていました。しかしながら、このモデルを裏付ける分子的証拠はなく、今回の研究により全く異なる仕組みであることが明らかとなりました。

森田教授らの研究グループはこれまでにシロイヌナズナを用いて、LZYタンパク質が重力感受細胞において情報伝達の過程で働くことを示しました(Taniguchi et al., 2017, Plant Cell)。また、LZYタンパク質は重力方向側の細胞膜に偏って局在し、重力方向の変化に応じてその細胞膜上の局在部位が変化することを明らかにしました。さらにLZYタンパク質と相互作用する因子としてオーキシンの輸送制御に関わるRLDタンパク質を発見し、LZYとRLDによって重力方向へのオーキシン輸送が促されることを明らかにしています(Furutani et al., 2020, Nat. Commun.)。これらの知見を基に、LZYタンパク質が重力方向側の細胞膜に局在する詳細な仕組みを明らかにすることで重力感知機構の本質に迫ることができると考え、重力感受細胞内におけるLZYタンパク質の生細胞観察と分子生物学的手法とを組み合わせた研究を行いました。


図1.重力屈性の概要。A、特殊な細胞に含まれるアミロプラストが、重力方向に沈降し重力感知を引き起こす。B、コロドニー?ウェント説の模式図。器官が傾くと重力方向により多くのオーキシンが分布し、オーキシンによる細胞伸長の制御を受けて地上部は上に、根は下に向かって屈曲する。

研究の成果

研究グループが独自に構築した垂直ステージ注2共焦点顕微鏡注3を用いることにより、植物が通常成長するように重力方向を保ちながら細胞を観察し、ステージを回転させることで重力方向変化に対する細胞応答を観察することが可能です。この顕微鏡システムを用いて、赤色蛍光タンパク質で目印をつけたLZYタンパク質の細胞内での局在を、根の重力感受細胞であるコルメラ細胞において観察しました。その結果、これまでの結果と同様にLZYタンパク質は重力側の細胞膜に局在することを確認しました。さらに今回初めて、LZYタンパク質が細胞膜に加えてアミロプラストにも局在していることを発見しました。そこで、LZYタンパク質がどのような仕組みで細胞膜やアミロプラストに局在するのかを明らかにするために、LZYタンパク質のアミノ酸配列の置換や部分欠失などを行い、それらの変異型LZYタンパク質の細胞内局在と活性について調べました。その結果、LZYタンパク質は正電荷(プラスの電荷)を持つアミノ酸が多い領域を介して、細胞膜を構成する負電荷(マイナスの電荷)を持つリン脂質との静電的相互作用により細胞膜に局在することを示しました。また、LZYタンパク質はプロテアソーム依存的な分解によって量的な制御を受ける可能性があることを見出しました。さらに、アミロプラストへの局在にはLZYタンパク質のN末端部分が重要であることを明らかにしました。

重力方向を保った状態で観察を行うと、細胞膜上のLZYタンパク質はアミロプラストの近傍にのみ観察されました(図2A, B)。その後、ステージを回転させて重力方向を変化させると、アミロプラストはコルメラ細胞の中を新たな重力方向に沈んでいきます。この際、元の重力方向側の細胞膜上に局在していたLZYタンパク質は速やかに消失するとともに、新たにアミロプラストが近接した細胞膜上(つまり重力方向側の細胞膜)においてLZYタンパク質の速やかな蓄積が観察されました(図2B)。この重力方向の変化に応じたLZYタンパク質の局在変化は、アミロプラストの沈降直後から観察されること、オーキシン輸送制御因子RLDを新たな重力方向に呼び込むことを明らかにしました。さらにこれらが根のオーキシン濃度勾配の形成や屈曲に先立って起こることを示し、細胞膜上におけるLZYタンパク質の局在変化がオーキシン輸送制御に直結する重力情報伝達の重要な要素であることを明らかにしました。


図2.A, 垂直ステージ共焦点顕微鏡で試料を135°回転し、重力方向を変化させる様子を示す模式図。B, 回転直後(0 min)と15分後(15 min)のLZYタンパク質(白色)の細胞内局在。アミロプラストの移動とともにLZYタンパク質の細胞膜上の局在が重力側へと変化する様子を示す。C, 重力方向の変化に応じたアミロプラストの移動とLZYタンパク質の細胞膜局在の変化の関係を示す模式図。

次に私たちは、LZYタンパク質がどのように新たな重力方向側の細胞膜に移動するのかを調べることにしました。紫外光を照射することで蛍光波長を緑色から赤色に変換させることが可能な光変換型蛍光タンパク質であるmEos2をLZYタンパク質に付加し、コルメラ細胞において観察を行いました。垂直ステージ共焦点顕微鏡に装備した光刺激装置を用いて、アミロプラストに局在するLZYタンパク質のみに紫外光を照射したところ、光照射により赤色に標識されたLZYタンパク質は速やかにアミロプラストから近接する細胞膜上に移動することを突き止めました(図3A)。さらに、細胞内におけるアミロプラストの位置が、LZYタンパク質の細胞膜上の蓄積部位を決定しうるのかを明らかにするため、アミロプラストが沈降しない変異体を用いた実験と、光ピンセット注4と呼ばれる手法を用いてアミロプラストの細胞内での位置を人為的に操作する実験により調べました。デンプンを蓄積できない変異体では、アミロプラストは重力方向に沈まずに細胞内をランダムに動きます。この変異体のコルメラ細胞では、LZYタンパク質は細胞膜上にほぼ均一に存在し、重力方向側への偏った局在は観察されませんでした。次に、光ピンセットでアミロプラストを捕捉して、重力方向とは関係なく細胞膜に近づけると、近傍の細胞膜上にLZYタンパク質が速やかに蓄積する様子が観察されました(図3B)。以上の結果から、LZYタンパク質はアミロプラストから近傍の細胞膜上へと移動することで、アミロプラストの位置情報、すなわち重力方向を細胞膜に伝達する情報分子として働き、これが重力感知機構の実体であると結論しました(図3C)。


図3. A, 紫外光の局所照射により標識されたLZYタンパク質がアミロプラストから細胞膜上に移動する様子。アミロプラストに局在するLZYタンパク質のみが標識された直後(0 min)では細胞膜上にほとんどシグナルは見られない(矢頭)が、照射1分後には細胞膜上にシグナルが見られるようになる(1 min)。B, 光ピンセットを用いたアミロプラスト位置の操作。光ピンセットによりアミロプラストを黄色矢頭の部位に近づけると、速やかに細胞膜上にLZYタンパク質が観察される。C, LZYによる重力方向の感知からオーキシン輸送制御までを示す模式図。LZYタンパク質はアミロプラストから細胞膜上へと移動した後、タンパク質間相互作用によりオーキシン輸送制御因子RLDを呼び込み、RLDがオーキシン輸送を制御することで組織内のオーキシン濃度勾配を形成する。

今後の展開

本研究では、これまで考えられていたメカノセンシング機構とは全く異なる、細胞内におけるアミロプラストの位置情報をLZYタンパク質の移動を介して生化学的情報に変換するという新しい重力感知の仕組みを見出しました。さらに理解を深めるためには、LZYはどのようにアミロプラストに局在しそこから放出されるのか、アミロプラストから離れている細胞膜上にLZYが存在しないという状態はどのように作られるのかなどの課題に取り組む必要があります。また、LZYタンパク質からオーキシン輸送の制御に至る情報伝達機構を分子レベルで解明していくとともに、植物が重力とそれ以外の様々な環境情報をどのように統合し成長を制御しているのかを明らかにしていきたいと考えています。

LZYタンパク質は広く陸上植物に見出され、植物の全体形状と密接に関わることが近年明らかになってきています。イネでは、重力の影響を受ける葉や根の伸長角度が収量と関連することが示されています。本研究で明らかにされた仕組みは、イネなどの農作物においても働いている可能性があり、この研究成果は将来的に農作物の改良に役立つかもしれません。

発表雑誌

雑誌名 Science(アメリカ科学振興協会AAAS発行)
掲載日 米国東部時間2023年8月10日 午後2時(日本時間8月11日 午前3時)
論文タイトル Cell polarity linked to gravity sensing is generated by LZY translocation from statoliths to the plasma membrane.
著者 *西村岳志、*森祥伍、*四方明格、中村守貴、橋口泰子、阿部純明、萩原拓真、吉川洋史、豊田正嗣、檜垣匠、森田(寺尾)美代(責任著者)(*共同第一著者)

研究グループ

自然科学研究機構?基礎生物学研究所?植物環境応答研究部門(森田グループ)
埼玉大学?大学院理工学研究科?細胞情報研究室(豊田グループ)
熊本大学?大学院先端科学研究部、国際先端科学技術研究機構(IROAST)(檜垣グループ)
大阪大学?大学院工学研究科?物理学系専攻応用物理学コース(吉川グループ)

研究サポート

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(JP19H03254 & JP18H05488 to MTM, JP18H05491 to MT, JP18H05492 & JP20H03289 to TH, JP22H00302 & JP20K21117 to HYY, JP18K14731 to MN, JP20K15826 to HS)、科学技術振興機構CREST(JPMJCR14M5 to MTM, JPMJCR2121 to TH)、武田科学振興財団生命科学研究助成(to MTM)および内藤記念科学奨励金?研究助成(to MTM)の支援を受けて行われました。また、基礎生物学研究所 超階層生物学センター モデル植物研究支援室の技術的サポートを受けて実施されました。

用語解説

注1植物や藻類に見られるプラスチドと呼ばれる細胞内小器官のうち、デンプン粒を内部に蓄積したもの。

注2一般的な顕微鏡は観察試料を置くステージが水平状態で設置され、その鉛直方向から試料を観察するが、顕微鏡自体を90度倒すことで横方向からの試料の観察を可能にした顕微鏡を垂直ステージ顕微鏡と呼んでいる。

注3ボケの少なく高コントラストな観察像が得られる顕微鏡、あるいはその観察法のこと。

注4集光したレーザー光により微小な物体を捕捉し、それを視野内で任意に動かすことのできる技術。本研究では、共焦点顕微鏡に光ピンセットに要する設備を搭載した、吉川グループにより独自に構築されたシステムを利用した。

参考URL

豊田 正嗣(トヨタ マサツグ)|埼玉大学研究者総覧このリンクは別ウィンドウで開きます

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