がん細胞を軟化させて転移を促進する因子を同定(理工学研究科 菅沼雅美教授 共同研究)
2018/2/20
ポイント
? がんの転移能を反映する細胞の硬さを制御する因子AXL受容体型チロシンキナーゼを発見した。
?細胞の硬さが変化するメカニズムの解明、転移能を診断する方法への発展、さらには、副作用なく転移を抑制する創薬研究に大きく貢献することが期待されます。
概要
理工学研究科戦略的研究部門の菅沼雅美教授、吉川洋史准教授、小林成貴助教、および飯田圭介研究支援者(現?国立大学法人 千葉大学 大学院 理学研究院?助教)の研究グループは、がんの転移能を反映する細胞の硬さを制御する因子AXLを発見した。柔らかい細胞は転移しやすい傾向があるため、細胞の硬さの測定はがん転移能を予測するための新しい方法として注目されているが、これまで細胞を柔らかくして転移を促進する因子が知られていなかった。今後この成果により、細胞の硬さが変化するメカニズムの解明および正確に転移能を診断する方法への発展が期待される。
AXLは細胞をやわらかくすることでがんの転移を促進する
背景
日本人の死亡原因の第一位は男女ともがんであり、その要因として挙げられるのが転移です。しかし、遺伝子解析技術や病理学的解析が発展した今でも、転移能の診断や転移の抑制は困難です。
ところで正常な細胞は硬く、動いたりすることはありませんが、転移能が高いがん細胞は柔らかく?よく動くことがわかってきました。また、転移性のがん細胞が柔らかいことは、肺がん、乳がん、膵臓がんなど様々な種類のがんで確認され、ますます細胞の硬さのがん転移への関与に注目が集まっています。しかし、転移性のがん細胞が柔らかいことは経験的に発見されたものであり、なぜ細胞が柔らかくなるのかが不明でした。
また、これまでに緑茶に含まれるカテキンであるEGCGが、柔らかいがん細胞を硬くすることでがんの転移を抑制することを見出していましたが、その作用メカニズムの解析も明らかではありませんでした。
研究成果
今回、研究チームは、がん細胞を柔らかくし、転移を促進する因子を、6種類の肺がん細胞を用いて探索しました。まず、細胞の硬さと運動能 (転移のしやすさに関係する) を調べると、この6種類の細胞は硬く?動かないグループと柔らかく?良く動くグループの二つに分かれていることがわかりました。そこでこの柔らかく?良く動くグループに共通して起きている変化を調べると、AXLという細胞の表面から内部へと情報を伝える受容体チロシンキナーゼのリン酸化が亢進していることが明らかとなりました。
このAXLの働きを確かめるために、AXLを薬剤で阻害する、あるいは、遺伝子発現抑制法でなくしてしまうと細胞は硬くなり、腫瘍を作り出す能力を失うことがわかりました。さらに、硬い細胞に対し遺伝子導入法によってAXLを発現させると、逆に細胞は柔らかくなることも確認できました。
以上の結果から、AXLががん細胞を柔らかくして転移を促進する因子であることが明らかとなりました。
今後の展開
今回、受容体チロシンキナーゼAXLが、肺がん細胞を柔らかくすることで転移能を促進していることを見出しました。そのため、今後AXLの状態を調べることで転移のしやすさを診断できるようになる可能性があります。また、緑茶カテキンのがん細胞硬化作用によるがん転移抑制効果においても、AXLの阻害が関与しているか検討を進める予定です。さらには、将来AXLを特異的に阻害する薬剤の開発が進むことで、副作用なく転移を抑制する創薬研究に大きく貢献することが期待されます。
原論文情報
〔雑誌名〕
Scientific Reports (サイエンティフィック?リポーツ)
〔論文タイトル〕
Cell softening in malignant progression of human lung cancer cells by activation of receptor tyrosine kinase AXL(受容体型チロシンキナーゼAXLの活性化によるヒト肺がん細胞の悪性化に伴う細胞軟化)
〔著者〕
Keisuke Iida, Ryo Sakai, Shota Yokoyama, Naritaka Kobayashi, Shodai Togo, Hiroshi Y. Yoshikawa, Anchalee Rawangkan, Kozue Namiki & Masami Suganuma (飯田圭介、酒井瞭、横山翔大、小林成貴、東郷祥大、吉川洋史、ラワンカンアンチェリー、並木梢、菅沼雅美)
〔DOI番号〕
10.1038/s41598-017-18120-4
参考リンク